2013年4月 8日 (月)

提訴:外国人実習生、長崎の会社に未払い賃金求め−−京都地裁

滞日の外国人は留学生であれ研修生であれ日本語を学んでほしい。
しかし,それ以前に生活がある。

http://mainichi.jp/area/news/20130404ddn041040003000c.html

日本の社会構造にゆがみがある。
アベノミクスは構造改革にまで及ぶのだろうか。

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2012年8月 5日 (日)

ベトナム難民

ベトナムに関わる大きな仕事を受注した。準備を開始しているなかで、しっかりしたベトナム人を紹介するとの申し出をもらい面談。
20年以上も前に難民として入国。奥さんも難民。ご自身は現職があって協力が難しいということで、弟さんを同行してくれた。弟さんはコンテナ輸送業に勤めている。日本語学校での学習歴もあって、日本語学校での勤務ということに興味を持ったようだ。
惜しむらくは日本語力がいささか不足と判断した。経験による瞬間的な判断でしかないけれども。
もちろん生活にも仕事にもほとんど支障のない日本語力を備えているし、本人はそれで十分と思っている。しかし、現在の報酬に不満があるなら、いっそう高い職務上の技能を持つべきだ。日本人職員と違って、技能向上以外に高い日本語力を身につけるという手段もあるのに。
日本語学校での外国人採用にあっては、N1(1級)レベルが最低限だ。もっともN1合格者の一部には会話ができない人もいるので、あくまでも最低限だけれども。
初対面で厳しいことを言っても仕方がない。時間が取れたときに学校見学に来るように誘った。

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2012年7月25日 (水)

海外へ向かえ!  日本語教師にお願い

国際交流基金が3~5年ごとに海外の日本語教育の調査をしている。2009年の日本語学習者数は365万人であった。教師数はおよそ5万人。そのうちネイティブ教師は1万5千人。
日本語を学ぶ人は日本の社会や文化に興味と関心を持ってくれる人々。学習者の支援をする教師はもっともっと必要。現地の教師にもがんばってもらいたい。けれどもネイティブ教師のほうが望ましい場合も多い。日本できちんとした教師の勉強した方にはどんどん海外に向かって頂きたい。
たとえばIJECの海外日本語教師就職情報など、あちこちで募集が出ている。
先日見た文部科学省留学生課のデータでは、海外に留学する日本人学生は統計を取り始めてからずっと増え続けていたのに、2004年の82945人をピークに減り続けている。2009年は59923人。「最近の学生、若者は内向きで海外に出たがらない」と評されるようになっている。
日本語教師も同様で、募集はたくさん来るけど応えきれない。
身軽な若いうちに海外経験を!
心からお勧めする。

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2012年6月22日 (金)

修学旅行 外国人と交流

日本経済新聞。「らいふプラス」
『小中高校の修学旅行の多様化が進むなか、外国人留学生の協力を得て、日本国内で国際交流を体験するプログラムが好評だ。一緒に名所旧跡を巡ったり、テーマを決めて意見交換したり。学校側は外国文化の学習や語学の実践に加え、海外から見た日本の姿を知ることで自国文化を学ぶ大切さに気づく効果も期待している。』

松山市、京都市、別府市の例が紹介されている。自治体にとっては、修学旅行誘致の手段でもあるようだ。
私たち団塊の世代は高度成長の途上だったためか、修学旅行そのものに価値があった。「旅行」そのものが非日常の体験だった。今は、家族でハワイ旅行なんて話をよく聞くし、旅行の価値が違ってきている。修学旅行の意味もまったく違ってきているはず。

外国人登録者数が200万人を超えて久しいけれども居住地域に偏りもあるし、修学旅行を国際交流の機会とする発想は面白い。アークアカデミー日本語学校でも10年近く前から近隣の小学校への訪問を行っている。子供たちにもよい刺激になっているはず。

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2012年1月 2日 (月)

人口自然減、過去最大の20万人超

日本経済新聞元旦。
『2011年の日本の人口減少幅は過去最大の20万4千人にのぼることが31日、厚生労働省の人口動態統計(年間推計)で分かった。出生数が死亡数を下回る自然減は5年連続で、20万人を超えるのは初めて。婚姻件数は67万組で戦後最少となる見通し。東日本大震災をきっかけに「絆」が再認識された年だったが、前年比3万組の減少で、少子化の一段の加速につながる可能性もある。』

人口減は、生産減、消費減をともなって経済停滞をもたらすと予想される。必ずしも悪いことばかりではないけれども、急激な減少はたぶん望ましい結果をもたらさない。
一方で外国人登録者数は、2008年リーマンショックまで増え続けていた。1991年末121万人から2008年末222万人まで、17年間で100万人。年間平均6万人増だ。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1180.html
多少なりとも高齢化少子化の影響を緩和してきたと思われる。
政治が明確な方向性を示すべきなのだが、残念なことにそうした状況ではないようだ。政治が放置すれば官僚がなし崩し的に開国していくだろう。
しかし、今なら受け入れる外国人を選ぶことは可能である。日本語を学ぶ意欲を持つ若者が望ましい。日本語が一定水準であれば、単純労働者であっても就労ビザを交付するというのが社会の安定のためには望ましい姿。
私たち日本語学校関係者は、自費で日本語を学ぶ留学生(日本語学校生)を受け入れて、日本で就労してもらうことが、震災からの復興を含めて日本社会の再生には最も有効な手段であると訴えていかなければならない。

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2011年10月 9日 (日)

難民に力を:自立と地域社会の統合に向けて

10月9日(日)標記シンポジウムが東大駒場でおこなわれた。
主催は難民連携委員会(RCCJ)。なんみんフォーラムおよび東京大学難民移民ドキュメンテーションセンターが後援。
基調講演はヨハンセルス氏(国連難民高等弁務官事務所駐日代表)と中川正春氏(文部科学大臣)。
パネルディスカッション1:日本語教育へのアクセス向上
  アークアカデミーから遠藤由美子がパネラーとして参加。
  アークアカデミーは2006年から難民支援に参加している。
パネルディスカッション2:地域コミュニティとの交流を深める

日本の難民受け入れはベトナム戦争から始まった。インドシナから1万1千人、条約難民が600人。昨年から第三国定住難民の受け入れを始めたそうだ。日本は難民受け入れに消極的だった。そもそも移民の国ではないからかもしれない。
難民2世、3世が登場し始めていることに、あらためて感銘を受けた。

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2011年9月25日 (日)

農村に嫁いだ外国人妻たち  新潟県南魚沼市に住んでみる

日本経済新聞夕刊「シニア記者がつくろこころのページ」にこの7月2日から断続的に掲載されている。
「米どころ、深刻な嫁不足 20年前から町で受け入れ」という。今は、大半の国際結婚は業者が仲介しているそうだ。日本人の間でも結婚紹介業が成立しているし、婚活なんて単語もうまれたぐらいだから、当然なのかも知れない。
記事には毎回、日本語教室のエピソードが触れられている。日本語教育の多様性を実感させてくれる。日本語学校に在職する立場から見ると、学習目標、環境など諸条件があまりに違いすぎる。
日々の仕事に追われると、目先のことしか見ない、見えない、となりがち。広い視野を保てるように自戒したい。

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2011年8月16日 (火)

日本語指導:必要な外国人の児童生徒微減 全国の公立校

毎日jp
『昨年度、全国の公立小中高校などで日本語指導が必要な外国人の児童生徒は2万8511人に上ったことが文部科学省の調査で分かった。過去最多だった前回調査(08年度)に比べ64人(0.2%)減り、ほぼ横ばいだった。調査は昨年9月時点で実施され、東日本大震災の影響は反映していない。母語別ではポルトガル語の9477人、都道府県別では愛知県の5623人が最多。在籍学校数は前回より211校増えて過去最多の6423校となり、分散化が進んだ。同省は指導教員の増員などの支援策を継続する。』

リーマンショック以後2年連続で在住外国人がわずかに減少した。それを反映する報告。
日本はすでに人口減少社会に移行している。外国人まで減少したら経済成長の可能性はきわめて低くなる。
日本社会の活力維持のためには、外国人の受け入れは一つの方策。長勢甚遠氏は法務大臣在任中に「移民は受け入れない」と明言して、技能実習制度改革を主張していた。外国人労働者受け入れ問題は長勢氏の主張された方向で進んできている。
リーマンショック以後の日本社会の状況と展望を氏はどう考えているのだろうか。

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2011年8月 4日 (木)

日本語学校留学生 震災復興支援ボランティアに参加して

「がんばれ日本! がんばれ東北!」という表題の復興ボランティア参加学生の体験集が届いた。50ページからのPDFファイルも届いた。ファイルが大きすぎてアップロードができない。一部を引用しよう。

盧 明哲(ノ・ミョンチョル) 韓 国
アークアカデミー日本語学校 原文:韓国語
日本に来て则めて参加したボランティアは、宮城県石巻市での道路配水管清掃でした。自然災害で多くの人が全てを一瞬で失う可能性があるということを学び、人間の力では手に負えないことがわかりました。
全ての人が力を吅わせ、お互いに助け吅わなければならないと思います。私たちがボランティアを行った町は、空っぽ(人がもう住んでいない)でした。早く整備し、修理してもとの状態になるといいと思います。小さな力ですが、助けることができてやりがいを感じるとともに嬉しさも感じました。
また機会があったら、被災地に行って手伝いたいと思います。
災害は、いつでも、誰にでも起こり得ることです。町の人々も大変ですが、お互いに努力して早く全ての人が以前のように暮らすことができるよう祈っています。

. 正 (リュウ・セイ) 中 国
アークアカデミー日本語学校 原文:中国語
2011 年3 月11 日、世界を震撼させた日本の大地震の発生以来、ほぼ全世界の目がこの災難を受けた土地、日本の東北に注がれている、2011 年5 月27 日、私はARC日本語学校の学生として、一日のボランティア活動に参加し、新聞やニュースに何度も登場している場所、日本の仙台に来た。
たった一日の時間は、あっという間に過ぎ去ったが、最も私の印象に残り、忘れることができないのは、長距離バスの旅の疲れではなく、掘り起こす下水道の重さでもない。それは笑顔だった。いまも仙台に住み、我々ボランティアが通過する際に、挨拶とともに浮かべてくれた笑顔である。笑顔の主であるその老いた日本人女性が災難の中で、どれだけ大きな損失を受けたのかわからないが、ただ私が覚えているのは、我々が工具を持ち、彼女の家の大きく破損した庭の前を取ったとき、その日本人女性が絶えず手を振りながら、我々にお疲れ様といい、何度も何度も休ますに、我々微々たる力のボランティアに限りない謝意を表していたことであり、さらに顔には微笑を浮かべていたのである。
どれだけ多くの人、国、組織が災難からの救済と復興援助をしているのかは、私はわからない。ただ、私はこのような笑顔さえあれば、災難の後も、新しい生活は、すぐに続けられるであろうと思う。
ひょっとすると、人類はずっとずっと、このような笑顔を道連れにして、歴史の中を歩んできたのかもしれない。

邢 琼洁(ケイ・キヨウケツ) 中 国
アークアカデミー日本語学校 原文:中国語
5 月26 日、私はボランティアとして宮城県へ行きました。26 日の夜、東京のいろいろな日本語学校の学生は新宿に集まって夜行バスに乗って10 時20 分に出発しました。三台のバスでたぶん300 人ぐらいと思いました。
翌日7 時に宮城県に着いた。ボランティアセンターのスタッフはみなさんに説明して、つづいてバスで目的地石巻市に行った。10 時半ごろ石巻に着いた。みんな三組に分けて働く工具を取って働く場所へ行った。私の組の仕事は下水道の整理をすることだ。津波からつれての土砂とか紙とか下水道から取った。男性は本当にすごかったごみを取ることは大変だった。でも、みなさんぜんぶ一生懸命がんばった。
一時間半後ご飯の時間だ。みなさん一緒にお弁当を食べた。その後で私はあの辺でまわって歩いた。津波でこわれた家や車がいっぱいだ。本当にかわいそうな状況だ。
私は心がいたくなった。少し休んだ後でまた一時間働いた。みなさん本当に疲れた。
それから温泉の時間だ。松島の温泉はすごくきれいだった。一時間あとで東京に戻った。家へ戻った後で三日間体がずっといたかった。でも、うれしかった。今度もう一度ボランティアをしたい。

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2011年7月31日 (日)

観光業の人材を産学官で育成 観光庁や早大など連携

日本経済新聞 電子版。
『東日本大震災で打撃を受けた国内観光業を支えるため、大学や企業が人材育成で相次ぎ連携する。早稲田大学、観光庁などは就職希望者を増やそうと旅行会社などでインターンシップ(就業体験)を実施。経営者育成に向け関連企業の中堅社員を対象にセミナーを開く動きもある。産学官の壁を越えて担い手づくりに取り組む。』

日本の観光資源はかなりの水準だ。
昨年は平城遷都1300年祭だった。奈良、京都だけでなく、伊勢、出雲や世界遺産に登録された平泉など1000年以上の歴史の地を少なからず残している。各地に温泉がある。
観光旅行は、生活にゆとりがなければ楽しめない。東アジアの経済発展が追い風になってくる。たまたま今年は大震災・津波・原発事故で観光客は減少したかもしれないが、長期的には成長産業に間違いない。
日本人だけでなく、外国人留学生にとっても観光産業は大きな就業機会。日本語学校としても国際交流の拠点と自負するだけでなく、人材供給の視点からも応援していきたい。

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